ミスター高橋本の予言通り!?マニアを切り捨てて成功した新日本プロレス

「最近プロレスが好きになり、会場にも見に行く」という人と話をする機会があった。
新日本プロレスが今は元気ということくらいしか現状を把握していないけど、一時期低迷していたことを考えると素晴らしいことだと思う。

思えば、2000年代のプロレス低迷にはいろんな要因が重なっている。PRIDEを始めとした総合格闘技のブームもあったし、いわゆる「ミスター高橋本による影響」とも言われている。

新日本プロレスのメインレフェリーだったミスター高橋が書いた、いわゆるプロレスの内幕暴露本。2001年の発売で10万部以上売れたという。

私は発売したタイミングで購入して読んだっきりだったが、ふと思って先日、Kindleで買い直して一気に読んでみたけど、新日本プロレスが再び人気を取り戻した2019年にこれを読むと、また味わい深いものだった…

ミスター高橋本とは何か

新日本プロレスでメインレフェリーを努めていたミスター高橋が書いた本で、「プロレスは全て結末が決まっている」「試合中の血はカミソリで切って出している」といったプロレスの裏側を、実際に見たり遭遇したエピソードを織り交ぜてまとめた書籍である。

ポイントは「ミスター高橋が書いた本」である点だ。プロレスを見る人は様々な種類に分けられるが、純粋に見ていた人にはショックな内容だったのは間違いない。「何でロープに振られたら跳ね返ってくるんだろう」とか思いつつも純粋に見ていたわけで、そこに「全部勝ち負けは決まっているよ」と言われたのだから。

高橋本以後の新日本プロレス

この本が発売された2001年頃はまさに、低迷するプロレスと、話題性抜群だったPRIDE等の総合格闘技が最も接近していた頃。プロレスラーが総合格闘技のリングで負けていた時代

高橋氏のこの本での主張は「真実を隠してこのまま行くより、WWEのようにエンターテイメントであることをカミングアウトすべき」というものだったのは、こういったプロレスの状況も踏まえてのものだった。

・真剣勝負のスポーツとして見るから胡散臭く思われる
・誰が一番強いか、等は本来は関係ない
・クオリティの高いショートして見せるべき
・世界に誇るエンターテイメントとなれる

こうした高橋氏の主張も、暴露を正当化するための後付けの理屈だという論調が多かったのだが、その後シーンはどうなったのか?

総合格闘技は、姿形を変えて残ってはいるけど、PRIDE全盛期のような求心力はなくなっている。 

一方で新日本プロレスは、親会社・ブシロード木谷社長の「マニアがジャンルを潰す」という発言の通り、マニアを切り捨てる選択をして地道に「プロレス」に特化することで盛り上がってきている。

プロレスと格闘技がクロスした2000年初頭を経て、それぞれの道を歩むことにより成功した新日本プロレス。今のプロレス人気を支えているのは、古くからのマニアではなく新たな客層である。

総合格闘技には興味がないクラスタで、純然たる「プロレス」のファン。プロレスラーが総合格闘技で負け続けた時代も知らないし、もちろんミスター高橋本のことも知らない世代。

プロレスの仕組みがどうとかマニアの視点ではなく、純粋に格闘ショーとして楽しんでいる。もちろんショーであるカミングアウトはしていないが、ある意味ミスター高橋の提言に近い世界になっているのではないだろうか?

プロレスマニアも楽しめる本

マニア(プロレスオタク)に媚を売らずに新規ファンを開拓したのは正解だと思う。マニアは評論はするくせにお金は落とさない(笑)そこを排除したからこそ、今の新日本プロレスの世界が構築されているのだと思う。

切り捨てられたマニアはとしては、このミスター高橋本を改めて読んで、アントニオ猪木のデタラメさと凄さ、そしてかつての新日本プロレスの過剰さを痛感した。

猪木の試合で結末が決まっていない(=シュートマッチ)のは2試合だけ、とあったけど、そもそも2試合もやってること自体が異常なのだ。また、この本で至るところに出てくる猪木のエピソードを見てもすごさが伝わってくる。

誠心会館の抗争の話も最高だし、星の白黒を決める攻防の話、ジュース(=血)の話など興味深い話が満載。

プロレスの仕組みは理解していたつもりだったけど、当時この本を読んで、プロレスの凄さや恐ろしさを知ることができた。勝ち負けが決まっているというだけの単純構造じゃなく、複雑な人間の感情が魑魅魍魎に蠢いた世界であり、むしろさらにプロレスに興味が出てくると思う。

世の中に与えたインパクトも含め、名著!

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