プロレスラーはいかなるハプニングにも対処しなければならない(女子プロで起きた喧嘩マッチの違和感)

1年ほど前に書いたこちらの記事。
女子プロレスで起きた喧嘩マッチについてのエントリーです。

私情や憎しみをリングに持ち込むから面白いのに!(女子プロレスのケンカマッチ事件)

一部ではいろいろ話題になりましたが、プ女子などと呼ばれるプロレスブームとは別のところで起きているような扱いで、世間的にはあまり知られていないニュースのようです。

そんなこの事件に関する吉田豪氏の記事が、ホントその通りですよね!という内容だったので紹介します。

記事は下記リンク先へ。
女子プロレス”アノ壮絶喧嘩マッチ”の舞台裏|ほぼ週刊吉田豪


全文はリンク先で読んでください。
ここでは一部引用して紹介します。

プロレスは相手を怪我させるためのものではないのは当然として、それでも怪我しそうな攻撃を仕掛けてくる相手に対してちゃんと対処できなきゃプロレスラー失格だし、プロレスラーが「プロレスなのに相手が本気で攻撃してきた」って言ったら終わりなんですよ。

あそこでの選択肢は「相手が何をしてきてもプロレスに徹する」か「ケンカを買ってキッチリ対処する」か、そのどちらかだったはずなんですよ。

 リング上での出来事で、善意の第三者が傷害罪で訴えていたという件に至っては、社会常識としては正しいのかもしれないけれど、プロレス常識からしたら絶対に有り得ないわけで。あのとき橋本真也が小川直也を訴えていたら……とか、あのとき前田日明がアンドレ・ザ・ジャイアントを訴えていたら……とか、想像するだけで絶望的な気持ちになります。

(全て引用元:女子プロレス”アノ壮絶喧嘩マッチ”の舞台裏|ほぼ週刊吉田豪

アンドレに危ない技を仕掛けられつつもきちんと対処した前田日明。豪快にヤラれつつも遺恨を引っ張りゴールデンタイム放送まで繋げた橋本真也。

確かにこれが、大仁田を訴えたセッドジニアス(スケールが小さい話ですが!)のようになってしまうと、何だかなぁという感じですよね。

惡斗のことをプロレスラーじゃなくて役者として判断しているようにしか思えないんですよね。「アクションシーンの撮影なのに相手役が寸止めせず本気で攻撃してきた」的な。

演劇の役者や、もっと言うと学生プロレスのように、プロレスの表面上の動きだけを模倣するのは運動神経さえあれば可能です。

しかし、プロレスの面白さや凄みってそんな表面上の単純なものじゃないはず。そしてそれを一般常識に当てはめて考えるのが野暮な気がします。
プロレスラーはまず強くなければならないというのは、やはり正しかったわけです。

というわけで、このエピソードを思い出した人もいると思うので、最後に引用します。

大怪我をした試合を振り返りながらミック・フォーリーは言った
「真剣勝負ならここで試合は終わりだ。しかしプロレスはインチキなショウ(fake show)だから、それでも試合を続けなければならないのさ」

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