猪木vsアリ「ルール問題」は本当に存在したのか?猪木の証言だけではわからない裏側?

      2016/06/12

アントニオ猪木 vs モハメド・アリ
「がんじからめのルール」は本当にあったのか?
猪木の証言だけが全てではない…はず。

2016年6月に亡くなった、世界ヘビー級王者のモハメド・アリ。日本のニュースでは「猪木とも戦った」という言い回しをよく聞きました。1976年に行われた「現役のボクシングヘビー級王者がプロレスラーと戦う」という、今考えてもあり得ない試合のことです。

まず大前提として「こんな壮大なことをやってしまった猪木すげー!」ということ。それを十分に踏まえた上で、いろいろ見ていきたいと思います。

そもそも謎だらけのこの一戦。
いろんな逸話、伝説、裏話があり、それが今は定説となっていますが、それらは基本的に猪木陣営から出てきた話。

それもアリの死により、いよいよアリ陣営からの証言が今後出てくる可能性がなくなりました。猪木も新間寿(当時の営業本部長)も、世に公表していない真実があれば墓場まで持って行くでしょう。

猪木アリ戦について、世間的に事実とされている主な内容。
・アリはエキシビジョンマッチのつもりだったが、猪木がリアルファイトを要求
・アリ側とルールで揉め、試合中止を盾に取られて不利なルールを飲まされた
・その裏ルールは世間に公表してはいけないという契約だった
・がんじからめのルールにより、結果的にああいう形(いわゆる猪木アリ状態)の戦い方にせざるを得なかった

ただこれは後日猪木側から発信された話のため、脚色されている可能性は高いです。当時は酷評されていたこの試合が今や「総合格闘技の原点」というような言われ方をするのも、こういったサイドストーリーによる影響もあるはずです。「猪木アリ状態」という言葉も定着しました。

ちなみに、プロレスマニアの人たちによるこの試合の見立てはこちら。

・勝敗についてギリギリまで揉めつつ、最終的には引き分けで話がついていた
・極端に厳しいルールは存在しなかった
・しかし、相手が裏切って突然仕掛けてくるのを警戒してあのような形になった

またはこんな説も…
・アリはエキシビジョンという契約で来日した
・急に猪木側がリアルファイトを提案
・厳しいルールは無し
・タックルの技術が無く、止むを得ずあのような試合に

もちろんどちらも説の一つでしかありませんが、いずれも「がんじからめのルールは存在しない」というものです。

その根拠の一つとなっているのが、事の真相を知る人のひとり・当時マネージャーだった新間寿の証言があります。書籍「1976年のアントニオ猪木」で、新間寿の証言を引用しているのをネットで見かけました。

猪木は先ごろ出版した本の中で対アリ戦のルールについて触れて、そこでは禁じ手のオンパレードになっているが、事実はまったく違う。実際のルールは「両者正々堂々と戦う」という・・・当たり前のルールにすぎなかった

「猪木を守るために、ああいうこともしちゃいけない。こういうこともしちゃいけないっていうルールがありましたよ、と私が言ったことは事実。だけどあまりにも評判が悪かったから」

平たく言うと、試合の評判が悪かったから、猪木を守るために「がんじからめのルールがあった」と言ったのだそう。

しかしこれ、新間寿が猪木と仲違いしていた時の文章だそうで、和解した今は「がんじからめのルールがあった」と言っているわけですから、まあアテになりません(笑)

今後も猪木アリ戦については、今ある「がんじがらめのルールの存在」ありきの定説で語り継がれていくでしょう。ただ、もし先ほど書いたように、厳しいルールが無かったと考えてみると…

結末の取り決めがあってもなくても、猪木はアリのパンチを警戒してあのような戦い方になったのは間違いありません。となるとこれは猪木の言う「ルールに縛られて止むを得ずあの戦い方になった」という話よりも、よりリアリティがあります。

結果的に、レスラーがプロボクサー(または打撃系ファイター)を相手にするにはあの戦い方(猪木・アリ状態)が有効というフォーマットを作り上げたという事です。

総合格闘技も無い時代で、猪木側があの試合を語るには「ルールに縛られてあれしかできなかった」とするしかなかったのかもしれませんが、こうやって猪木証言以外の仮説を考えるだけでもワクワクします。

最後に。
現役ボクシングヘビー級王者をプロレスのリングに上げるという、当時も今もまずあり得ないことをやってみせたアントニオ猪木。そしてそのリングに上がったモハメドアリ。この2人の栄光は、いつまでも輝き続けることでしょう。

まあ、真実が明らかになることはありませんし、なる必要も無いと思っています。真相が闇の中だからこそ、いろいろ想像する楽しみがあるのかもしれません。

何にせよ間違いなく言えるのは一つ。
とにかくものすごいことをやっていた!ということです。

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